2024年5月22日水曜日

令和6年 5月号

 今年の3月は例年より開花が遅かった桜前線を尻目に子どもミュージカルの春公演が一足早く満開の花を咲かせ、各地とも例年を上回る多数の出演者によって嘗てない圧巻の舞台を見せてくれました。特に首都圏では劇団員同士の交流が盛んになってきたこともあって相互の賛助出演で協力し合う頼もしい流れも生まれてきました。また劇団員でない一般の子ども達の賛助出演者も多く、いずれ入団に繋がる可能性もあることから3月は春爛漫に相応しい実り多き公演シーズンとなりました。

毎年3月から4月にかけては卒業や入学、進級のシーズンで子ども達にとっては大きな変化に夢が膨らむ季節でもあります。進学を機に勉学に励むため劇団を去っていく者、児童劇団から更に上を目指して大学の演劇科や専門学校、或いは大手の養成所に進む者など「大きな夢」を離れていく理由は各人様々ですが彼らの新しい門出にエールを送らなければと思いながらも中には理解に苦しむような選択をした子もいて頭を抱えることもあります。しかしその子の将来がどのように展開するかは神のみぞ知ることであり、助言はできても本人のやりたい進路を否定するようなことは一切しないように努めています。

時々各地の公演会場などで嘗ての劇団員からその後の様子を聞くこともありますが、在籍当時演技者としての将来性は全くなかったような子が立派な社会人として生きている姿に感動を覚え、努力して成し遂げるという劇団で培ってきた強さが実社会でも生かされていることに喜びを感じずにはいられません。しかし逆に役者の道に進むとなると一般社会人とは正反対の安定など望むべくもない修行の場に身を投じることになります。投じた以上は厳しさの中でひたすら向上心を維持しながら努力を積み重ねていかなければなりません。そして苦労しながらも演ずることが喜びとなり生き甲斐となって奥深い舞台芸術という魅力に取り憑かれてしまいます。多くの役者達をとりこにしている所以でもあります。







令和6年 4月号

 2月の終わりに日大芸術学部の「白い病」の公演を観てきました。1年生から4年生までのオーディションで選ばれた演劇学科の学生たちが手作りの舞台で熱演していました。しかし手作りと言っても演出は日本の演劇界の第一線で活躍している東宝演劇部の山田和也さん。帝国劇場、日生劇場、PARCO劇場など多くの演出作品で数々の賞を受賞、最近では子ども達に人気のミュージカル「アニー」の演出も行なっている人です。その一流の演出家の指導のもとで創り上げた舞台は作品のテーマが明確で私は珍しく食い入るように2時間釘付けになってしまいました。もちろん学生たちの公演なので演出意図が活かしきれない未熟さやもどかしさもありましたが、流石だと頷ける展開も随所に見られこのような恵まれた環境で学んでいる学生達はもっともっと頑張ってほしいと思いました。

この「白い病」という作品はチェコの有名作家カレル・チャペックの戯曲で第二次世界大戦没発の2年前に書かれたもので、現在の世界情勢に当てはめて考えることもできるゾッとする鳥肌もののSF作品でもあります。この舞台に登場する断固として戦争を推し進める総司令官の自らが不治の伝染病に罹患した途端に見せる滑稽なまでの心の変化に同情してしまいました。いくら戦争によって全てを勝ち取ると豪語していても自分の身体のことが気になりだすと考え方や思想までも変わってきます。作者はそこに至る伏線を巧に準備しながら観客の心をかき乱していくのです。

私たちは日常の健康な時はそれが当たり前のように暮らしていますが、私のようにコロナに侵されてからは諸器官の不具が見つかり慌てて元に戻そうと再起動しても老化によって手遅れ、頑張りすぎて逆に酷い筋肉痛になってしまった筋トレの例など自己管理のいい加減さに打ちひしがれています。「ロビンソン&ロビンソン」の歌詞にあるように当たり前の毎日がかけがえのないものであることに気が付かない訳ではありませんが‥‥。




令和6年 3月号

 blanc(ブラン)という劇団の若手のグループが1月末小劇場で4日間の公演を行いました。メンバーの4人はそれぞれが児童劇団「大きな夢」で育ち大学や専門学校を経て現在劇団BDPの役者として活躍する一方「子どもミュージカル」の指導講師や事務局スタッフとして献身的に仕事をしてくれている頼もしい存在の面々です。

脚本から演出まで全て自分たちで創り上げた今回の演目「遅咲きの一室」はこれまでに抱いていた彼女たちのイメージを一新させた上質のコメディーとして見事な舞台を現出させてくれました。

嘗て大阪芸大でしっかり学んできた福原佑実の脚本は遅咲きではなく早咲きの一面を垣間見たような笑いの内に終幕では友情の絆でほろりとさせられるという構成の妙。逸材の脚本家の片鱗を思わせる小さな舞台での大きな成果に胸が弾みました。

また現有の劇団員の中ではベテランの域に入ってきた小渡優菜は新しいキャラクターに挑戦、少々頭の足りない役者志望の役柄を懸命に演じている姿に役者魂を見せつけられた思い、今後の期待度が益々高まっていきます。

そして驚いたのが濱由季子の演じたYouTuberの役。序盤から明るいテンポで惹きつける独特の存在感、元々ダンサーとしてこれまで劇団の舞台でも魅力あるダンスを披露していましたが今回は全くダンスなしの女優としての出演。持ち前の響く声を存分に発揮して爽やかに演じていました。

そしてもう一人のメンバーの古川美帆は普段は事務局の仕事で現場の舞台に顔を出すことはありませんが、そこは長年KMで鍛えたキャリアを活かして持ち前の悪のかけらもないような平和なキャラクターを熱演していました。

又今回BDPの先輩伊藤香が協力出演、登場しただけでも笑いを誘う面白いキャラで歌も歌って花を添えていました。そして脚本の福原佑実も売れない漫画家の役を売れているように嘘で惑わす役を好演し、しかも演出も兼ねての大活躍。今回のblancの公演は予想外の実りあるものとなりました。



2024年5月21日火曜日

令和6年 新年号

 今年は元旦から北陸地方の地震と津波の被害に襲われたニュースを見てしばし言葉を失ってしまいました。被災した人たちの避難生活や住居を失った人たちのこれから先のことを考えると居た堪らない気持ちになります。地震が起きるまでは皆さん穏やかな元日の朝を迎え家族の安全と幸せを祈りながら今年も良い年になりますようにと明るい希望を持ってスタートしたと思います。それが夕方になって一瞬にして打ち砕かれてしまったのです。誰一人予想もしなかった自然の脅威に怒りのやり場もなく、只、手をこまぬいてテレビの画面を見ているだけの苛立ちの中で一刻も早い復旧を祈るしかありません。石川県には加賀子どもミュージカルがありますが、幸いに劇団員の家庭では被害はなく安全が確認されたので多少安堵しましたが、今後の公演活動に向けて支障をきたさないよう祈らずにはいられません。

 今回の災害のようにいつどんな形で突然私たちに降りかかってくるかわかりません。今安泰でも次の瞬間どうなるのか誰にも予測はつきません。災害だけでなく航空事故や交通事故あるいは戦争に巻き込まれる危険もあり、突如健康を害して寝込んでしまうとか私たちの周りを見渡せばこれで絶対安全だという保証はどこにもありません。だからこそ今与えられている現在という時間を精一杯生かさないと勿体無いのです。人は誰でも必ず年老いてやがてこの世から去っていきます。若者は若い時にしかできないこと、今しかできないことをしっかりやるべきです。

年齢を重ねてくると肉体が思いのほか不自由になり若い頃のような勢いはなくなり、どんな艱難に遭遇しても果敢に走っていく姿は懐かしさの中でしか存在しなくなります。しかし過去に培った経験や能力は若者にはない叡智によって優れた人格の形成を生み出していくのも事実です。いずれにしても長いようで短い人生、自戒も含めて若い時にやっておけばよかったと思うことのなんと多いことでしょう。