2022年8月10日水曜日

令和4年 8月号

 いつの間にか80歳を迎えてしまいました。まだまだ遠い先のように思っていましたが、確実にその時がやってきました。劇団関係の皆さまから温かい励ましのメッセージをたくさんいただきました。それぞれ個別にお礼を差し上げなければならないところですが、この清流のコーナーで申し上げることでお許しいただきたいと思います。お寄せいただきました皆さまに改めて心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。

全国の子どもミュージカル(KM)からはそれぞれの動画でお祝いしていただきました。ほとんどのKMで最後に「あおと先生だーいすき!!」と結ばれていましたが、スタッフに言いなさいと言われたかもしれないけど600人を上回る可愛い孫たちから一斉に「すきー !」と言われると青春が戻ってきたような心の昂まりを感じてしまいました。

久しく恋心など味わったことがありませんでしたが、よし、こんな可愛い孫たちのためにも精一杯恋をしようと80歳のおじいちゃんは蘇った若き日のように心だけは奮い立っています。

そして孫より上の世代の我が息子や娘たちも立派に育ち、劇団のために勢力を傾けている姿を見ると時々頑固ジジイのようにただうるさい存在でしかなくなった自分の居場所が徐々に薄れていく寂しさも感じています。

このような感傷めいた心の状態も世の常で歳をとった誰もが通り過ぎる過程でもあり、80代というのは残りの持ち時間を気にしながら1日1日を大切に生きていく覚悟を持たなければならない年代だと自らに言い聞かせております。

皆さんから長生きしてくださいと言われますが、与えられた生命を自力で生きているわけではないので何歳まで生きられるか神のみぞ知るということでしょうか。






2022年7月4日月曜日

令和4年 7月号

 私の妻が「小さな貴婦人」の初日に向かうバス停で何気なく後ろに下がった途端に側溝の蓋がない僅かの所に足を取られそのまま動けなくなり、救急車で病院に担ぎ込まれるということがありました。

足首の踵あたりが骨折していて緊急治療を受けたあと家に帰るにも帰れず頼る人もいないので病院でそのまま連絡がつくまで待つしかない状態でした。私に知らせが入ったのは「小さな貴婦人」の初日本番直前でした。

私もどうしたものか困惑していたところに観劇に来たBプロの上原と古川の二人が急遽府中の病院まで行ってくれることになりました。折角の初日の観劇を棒に振ってまで申し出てくれたことに涙の出る思いで私の車のkeyを渡しました。これで私としては一応安心して初日を迎えることができましたが、車のkeyを預かった二人は私の車のエンジンのかけ方が分からず説明書を引っ張り出したりして相当苦労したようです。そしてなんとか病院で妻を拾い我が家まで行きましたが、そのあと2階の階段を上がるのが大変、おぶったり休んだりしながらどうにか玄関まで辿りついたということです。

それからの1週間は思うように動けない妻と私の行き届かない介護のために連日格闘が続いていました。劇団員の筑根昌平のお母様に地元の介護センターや食事のことなどいろいろご尽力いただきましたが、結局東久留米KMの越永健太郎くんのお母様のご好意でご主人が院長をなさっている信愛病院にリハビリ入院させていただくことなりました。

何から何まで劇団関係の方々にお世話いただいているご縁に心から感謝し手を合わせております。妻の骨折と一向に治らない私のコロナの後遺症(軽度の肺炎)によって後期高齢者問題が一気に訪れたような、ため息と咳き込みの毎日が続いています。




令和4年 6月号

 以前にも同じような内容で書いたことがありますが、人は自分にとって都合のいい人を良い人と言い、そうでない人を悪人呼ばわりしかねない傾向にあります。

あくまでも傾向であってそのようなことに惑わされない賢者のような人もいますが、人間生きている限り誰でも自分にとって都合の悪いと思う人は必ずいる筈です。職場にしても学校にしても、あの人さえいなかったら日々の生活がもっと明るく楽しいものになる筈なのにと、自分の尺度で測って一方的にその人を排除できないか悩み続けます。相手のことに捉われすぎてストレスが溜まり自分の身体まで蝕んでしまう例に事欠きません。

劇団でもよく聞く話ですが、劇団員の父母の悩みも深刻で、あの人がいるから父母会の活動が楽しくないと言って劇団を去っていくケースがよくあります。劇団にとっては迷惑な話ですが、劇団の歴史を振り返ると後を絶たないこのような問題に成す術もなく諦めるしかないのが現実です。

人は誰しも欠点があります。「ピエロ人形の詩」にあるように「そっちから見れば汚く見えても、こっちから見れば何て美しい」と観点を変えることができれば世の中もう少し生きやすくなるのではないかと思います。しかしこの一点だけでも実行に移すとなると簡単にできることではありませんが、特に子ども達に接している劇団の指導者は子ども達の良い面を認め引き出す努力を怠ってはなりません。

学校教育でも難しいことを私たちはミュージカル作りを通して成果を上げてきております。子ども達の能力の開発は厳しいレッスンの中から生み出されるものですが、厳しさだけでは育ちません。指導者の人間性が問われるところです。




令和4年 5月号

 今年も3月から子どもミュージカルの春公演の時期に入っています。コロナの感染がなかなか収まらない中、従来通りの稽古の環境が確保できない不自由さを乗り越え、それぞれのKMが立派に公演を成し遂げています。

出演の劇団員が本番まで全員揃わなかったり、コロナに感染した子のために急遽代役を立てたり、通常の公演ではあり得ない様々なアクシデントに見舞われながらも各地の公演は素晴らしい成果を上げています。我が子が出演する年一度の舞台を何としてでも成功させようと父母会の方々の熱い思いと結束力が、このコロナの時期としては信じられないほどの観客動員数で盛り上がっています。

そして終演後お帰りになるお客様の明るい笑顔を見ると公演作品の「愛と優しさ、思いやり」の上演テーマを改めて噛み締めることにもなり、現況のような混沌とした時代だからこそ一人でも多くの方々にご覧いただけるよう胸を張って上演することの意義を強く感じているところです。

もちろん子ども達を中心としたミュージカルですからクオリティーには限界がありますが、しかし子ども達の純粋な心から発したメッセージは観る人の心にストレートに響き渡り自らの生き方と照らし合わせて考えていただけるきっかけになっているのではないでしょうか。

戦争のように力で押さえつけ、憎しみの心で他国を制覇し権力を勝ち得たところで真の平和が訪れるはずはありません。人々の心に「愛と優しさ思いやり」があれば争いもなくなるはずですがこれ又人類の歴史を見るととても難しいことです。だからこそ幼い頃からの愛に包まれた環境が必要であり、私たちの活動が少しでも愛の実践に役立てる劇団であればと願わずにはいられません。




令和4年 4月号

不覚にも2月の頭にオミクロン株に感染し生死の狭間を彷徨っていました。最初は高熱にうなされていましたが、稲城市立病院に入院したときは熱もすっかり治まり検査の結果どこも悪くないけど後遺症がしばらく続くだろうという診断でした。

生まれて初めての入院も2日間で退院し後は自宅療養に切り替えました。しかし、咳に悩まされ身体全体がだるく食も思うように進まない日が続いていました。静養していれば自然に治るという医師の励ましの言葉を信じ何とか生還できたという感じでまだ大人しくしていますが、高齢者の死亡報道が飛び込んでくる度に自分の年齢と重ね合わせて変に納得したりもしています。

それでも私の頭の中はここでくたばってはいられない様々な案件やら目的があって動くことができないもどかしさと戦っていますが、ほとんど一ヶ月の間全て周りのスタッフが滞りなく業務を進めていてくれることを考えると、28年間の歴史の重みは確実に若い世代へと引き継がれている現況に只々頭が下がります。

今年7月で私は満80歳になります。老兵はこの辺りでケジメをつけなければと思いながらこれまでやってきましたが、コロナの感染によってその考えもまた変化してきました。運よく残された生命をどのように生かせば良いのか、劇団という組織は若いスタッフによってしっかり承継できているので、彼らの領域には踏み込まない新しい夢に向かって活動ができないものか、楽しい思いを巡らしているところでもあります。

しかし今回のことでこれまでの自らの日常の在り方を厳しく戒めることにもなりましたが、反省点としては最も単純で私にとって最も難しいこと、それは決して無理をしないということなりました。皆様の温かいご理解をお願いいたします。




令和4年 3月号

 このところ2.5次元ミュージカルが益々勢いづいてきていますが、漫画やアニメを原作とする若者向けの、特に女性ファンを対象にしたものがほとんどで、私には関係ない異常な世界のように思っていました。

それでも機会があっていろいろな2.5次元の舞台を観てきましたが、それらの原作の漫画も読んだこともない私としては何が何だか全く理解できず、ただテンポの速いダンスや歌が大音響のもとで繰り広げられる異次元の世界を冷めた目で眺めているにすぎませんでした。

周りの若い女性達は夢中になってその派手な世界に引きずり引き込まれています。もう私などのいる空間ではないと思いながらも幕が降りるまで観てしまうのです。しかし漫画も読まない高齢者が2.5次元ミュージカルは自分には合わないなんて批判めいたことを言っても話になりません。現実に大勢の若者が興奮して喜んで観ていて今や社会現象にまでなっている新しいミュージカルの形になっています。カーテンコールでは観客と演者が一体となってライブコンサートのような異常な盛り上がりを見せています。 

日ごろ私達がやっているミュージカルとは程遠いと思ってしまいますが、劇団BDPの構成メンバーは2.5次元をみる若者と同様、私の尺度では計り知れない若者特有のアイディアやセンスを持っているのではないかと思い始めました。

時代は刻々変化しています。演劇界、ミュージカル界もこれまでの常識では考えられなかった新しい展開によって新しい客層を呼び込んでいます。私のような高齢者は改革に二の足を踏む傾向にありますが、我が劇団BDPは若い力が溢れています。改革を恐れず2.5次元以上のものを目指して取り組んでくれればと願わずにはいられません。





令和4年新年号

この号では劇団の基本的なことについて書きたいと思います。

劇団BDPとはなに ? と聞かれることがあります。元々劇団の母体は児童劇団「大きな夢」であり、北海道から九州まで全国25カ所で現在600名を上回る子ども達がミュージカル活動に参加しています。年数を経てその子ども達もあっという間に成長していき、高校生になると児童劇団という枠には入れられなくなる子もいて、そのために高校生以上を受け入れる劇団BDPを創設しました。

大きな夢は英語でBig DreamそれにPlay(芝居)をつけてBig Dream Play 、その頭文字をとってBDPと名付けました。従って劇団BDPは成人の劇団であり児童劇団「大きな夢」とは一線を画して活動しています。そしてBDPには高校生や大学生を対象にしたBDPアカデミーがあり独自の公演や活動も行っています。そして大学を卒業すると更にBDPプラスがあり劇団BDPの正式劇団員としてKM(子どもミュージカル)の指導講師になったり外部の舞台やマスメディアに出演できるBDP所属のプロの俳優として活躍できるようになります。更に昨年発足したBlanc(ブラン)はプラスのメンバーの有志が独自の活動を目指して立ち上げたもので、この先の自由なアイディアと行動力が楽しみです。

ところで劇団は「大きな夢」というのが原点であり、大人も子どもも出来るだけ大きな夢を描こうではないかということで出発しました。特に子ども達にとって大きな夢を描くことは最も大切なことで、いわば将来に対する設計図を作るようなものです。その夢が大きければ大きいほど登山と同様高い山の頂上に到達するための厳しさは増していきますが、劇団も大きな夢の実現に向けてどんな困難にも立ち向かう覚悟で登山を楽しみながら今年も邁進していきます。