桜の季節が終わり新緑のまばゆい輝きが私の心を癒してくれています。
この原稿を書いているもうすぐ5月を迎えるという時期、我が家の窓から眺める景色も若葉の緑一色に覆われ季節が移り変わることの神秘さを思わずにはいられません。
少し遡って桜の季節を迎えた頃の朝、寝室のカーテンを開けると可愛い小さな蕾が小枝にしっかりとしがみついているのが手に取るように分かり、生の息吹を間近に感じながら春の訪れに毎朝窓を開けるのが楽しみになってきます。
蕾は日を追うごとに膨らんでいき命の誕生を思わせる開花の瞬間に心が踊ります。やがて満開を咲き誇る窓外の眺めは別世界にいるような、まだ訪れたことのない極楽浄土もきっとこのような安らぎに満ちた世界だろうと想像の喜びをこれでもかと掻き立てられるような桜の大画面に一変するのです。
30年も経った古いマンションでもこのような贅沢な環境で暮らしていられることの幸せを感じながらも年齢を積み重ねてきた自らの一生に思いを馳せ、桜の花が開花してあっという間に散ってしまうように時間の長さは異なっても人間の生命が誕生し死滅するという流れと同じような気がしてくるのです。
私たちに与えられた生命も必ず花が散るように終わりを迎えますが、それは肉体が死滅するだけのことであり桜の花が翌年また開花するように私たちに流れている生命は限りなく人間という肉体の花を咲かせてくれるように思います。
このようなことをいつも考えているわけではありませんが、景色のいい私の寝室から四季折々を見ていると自然の神秘さと共に自らの生を振り返ってみたくなるひと時でもあるからです。
2019年6月1日土曜日
2019年5月1日水曜日
令和元年5月号
平成から令和になった記念すべき5月です。
劇団は平成5年に立ち上がり平成の時代をがむしゃらに走り抜けてきました。私が50歳の時劇団四季を辞めなければならなかった事件があり、芝居一筋に生きてきた人生の終末を迎えたようなどん底の中で思いついたのが「大きな夢」でした。
子どもたちと一緒に「大きな夢」を描いてみたい!! 51歳の時に近所に出来たばかりの城山文化センターを拠点に児童劇団をやってみようと思い立ち、家内と二人で3.000枚の募集チラシを配り10月31日の日曜日を最初のレッスン日に設定してスタートすることにしました。
果たして人が集まるのか、全く未知数で不安な気持ちもありましたがどうにか10人の子どもたちが集まってくれました。全員小学生でホッとした気持ちもありましたが保護者の鋭い視線が飛び込んできました。
一人の母親に「本当にあなたは教えることができますか」と不審な目で尋ねられ、それまで考えてもいなかった「責任」という重みが一気にのしかかってきました。子どもたちを預かるということは芝居の世界で長い間生きてきたという経験だけでは済まない人としての精神性や包容力、更には子ども達一人一人の才能を見極め引き出していく指導能力など自身の人間性を問われていることを強く自覚した瞬間でもありました。
10人で立ち上がった児童劇団「大きな夢」が700人に近い劇団員を擁する組織にまで広がり、劇団四季や宝塚歌劇団に入団した者、あるいは舞台や映像の世界で活躍している劇団出身者も増えてきました。
令和の新しい時代に移り子ども達が劇団で培った力を生かして益々輝いてくれればと祈らずにはいられません。
劇団は平成5年に立ち上がり平成の時代をがむしゃらに走り抜けてきました。私が50歳の時劇団四季を辞めなければならなかった事件があり、芝居一筋に生きてきた人生の終末を迎えたようなどん底の中で思いついたのが「大きな夢」でした。
子どもたちと一緒に「大きな夢」を描いてみたい!! 51歳の時に近所に出来たばかりの城山文化センターを拠点に児童劇団をやってみようと思い立ち、家内と二人で3.000枚の募集チラシを配り10月31日の日曜日を最初のレッスン日に設定してスタートすることにしました。
果たして人が集まるのか、全く未知数で不安な気持ちもありましたがどうにか10人の子どもたちが集まってくれました。全員小学生でホッとした気持ちもありましたが保護者の鋭い視線が飛び込んできました。
一人の母親に「本当にあなたは教えることができますか」と不審な目で尋ねられ、それまで考えてもいなかった「責任」という重みが一気にのしかかってきました。子どもたちを預かるということは芝居の世界で長い間生きてきたという経験だけでは済まない人としての精神性や包容力、更には子ども達一人一人の才能を見極め引き出していく指導能力など自身の人間性を問われていることを強く自覚した瞬間でもありました。
10人で立ち上がった児童劇団「大きな夢」が700人に近い劇団員を擁する組織にまで広がり、劇団四季や宝塚歌劇団に入団した者、あるいは舞台や映像の世界で活躍している劇団出身者も増えてきました。
令和の新しい時代に移り子ども達が劇団で培った力を生かして益々輝いてくれればと祈らずにはいられません。
2019年4月1日月曜日
2019 劇団通信4月号
劇団の専用劇場を作りたい思いを共有し実現に向けて考えようというプロジェクトが昨年3月に発足、少人数ですが今年2月に3回目の会合を持ちました。
最初は大きな夢を語り誇大妄想的なビジョンを謳い上げて自らを鼓舞していましたが、いざ具体的な話し合いになると自分の考えが如何に甘かったか思い知らされています。現実の様々な条件などを拾い上げてみると尚更実現しそうにない高い壁に阻まれ、描いていた劇場の規模もだんだん縮小せざるを得ないところへ追いやられています。
現実のあらゆる角度からリサーチをして実現可能な範囲での討議を重ねていかなければなりませんが、「夢のある大事業!!」と自分の中では位置付けていただけに縮小路線、いや現実を踏まえた可能路線へと頭の中の切り替えを余儀なくされています。
それでも尚私のとてつもない大きな夢を描き続けることが必要なのか、それは自分の能力やキャパシティを遥かに超越した奇跡的な恩寵に頼る戯言のようなもので会合では通用しません。
現在お集まりいただいているプロジェクトチームの皆さんは私など比較にならないほど知識や経験のある方たち、しかも賢明な判断でのご意見やご提案をいただくと私の戯言など一気に吹っ飛んでしまいます。
それでも小さくても自分たちの劇場が持てる話し合いの場が設けられたこと、これから先どのように進展していくかとても楽しみです。父母会の方々でこのチームに参加していただける方がいらしたら大歓迎です。決してお金を徴収する場ではありませんのでお気軽にご参加ください。
最初は大きな夢を語り誇大妄想的なビジョンを謳い上げて自らを鼓舞していましたが、いざ具体的な話し合いになると自分の考えが如何に甘かったか思い知らされています。現実の様々な条件などを拾い上げてみると尚更実現しそうにない高い壁に阻まれ、描いていた劇場の規模もだんだん縮小せざるを得ないところへ追いやられています。
現実のあらゆる角度からリサーチをして実現可能な範囲での討議を重ねていかなければなりませんが、「夢のある大事業!!」と自分の中では位置付けていただけに縮小路線、いや現実を踏まえた可能路線へと頭の中の切り替えを余儀なくされています。
それでも尚私のとてつもない大きな夢を描き続けることが必要なのか、それは自分の能力やキャパシティを遥かに超越した奇跡的な恩寵に頼る戯言のようなもので会合では通用しません。
現在お集まりいただいているプロジェクトチームの皆さんは私など比較にならないほど知識や経験のある方たち、しかも賢明な判断でのご意見やご提案をいただくと私の戯言など一気に吹っ飛んでしまいます。
それでも小さくても自分たちの劇場が持てる話し合いの場が設けられたこと、これから先どのように進展していくかとても楽しみです。父母会の方々でこのチームに参加していただける方がいらしたら大歓迎です。決してお金を徴収する場ではありませんのでお気軽にご参加ください。
2019年3月1日金曜日
2019 劇団通信3月号
心の動きというものはとても不思議なもので、その心次第で楽しくもなれば憂鬱にもなる。であればいつも楽しくなるような心の状態を保てばいいと朝起きてその日一日のあり方を考える。
しかしいつも最初に心に浮かぶのは劇団の運営のことや父母会のこと、子ども達のこと、稽古のこと、さらにそれぞれの人間関係のことなど必ずしも楽しいとは言えないことが次々と頭の中を巡ってくる。
創作のために捻り出す知恵や工夫が足りないとか、キャスティングや出演者一人一人の能力のこと、スケジュール調整やスタッフのあり方など考えるとなかなか楽しさという心の状態に変換できない。いわんや資金繰りや他人の陰口など人間関係のドロドロしたものが頭の中をかすめてくると楽しいどころか混乱を極め、逃げ場のない迷路の中をさまよっているような気分になる。
そんなことの繰り返しで生きているのかと時々厭世的にもなり、情けないぞしっかりしろと必死に心のマイナス面の削除に取りかかろうとしてもパソコンのように簡単にはいかない。しかし頭に浮かんでくるこれらの思考はあくまでも過去の思いの集積であって、これから起こることではないにもかかわらず、取り越し苦労のようにあれやこれや考え、心を乱すような状況を勝手に自分で作り出している。
馬鹿げたことで思いっきり切り替え、朝はやはり「今日一日は全てが上手くいく」と大雑把に宣言できるだけの心の広さを持たなければと自分を戒めている。
しかしいつも最初に心に浮かぶのは劇団の運営のことや父母会のこと、子ども達のこと、稽古のこと、さらにそれぞれの人間関係のことなど必ずしも楽しいとは言えないことが次々と頭の中を巡ってくる。
創作のために捻り出す知恵や工夫が足りないとか、キャスティングや出演者一人一人の能力のこと、スケジュール調整やスタッフのあり方など考えるとなかなか楽しさという心の状態に変換できない。いわんや資金繰りや他人の陰口など人間関係のドロドロしたものが頭の中をかすめてくると楽しいどころか混乱を極め、逃げ場のない迷路の中をさまよっているような気分になる。
そんなことの繰り返しで生きているのかと時々厭世的にもなり、情けないぞしっかりしろと必死に心のマイナス面の削除に取りかかろうとしてもパソコンのように簡単にはいかない。しかし頭に浮かんでくるこれらの思考はあくまでも過去の思いの集積であって、これから起こることではないにもかかわらず、取り越し苦労のようにあれやこれや考え、心を乱すような状況を勝手に自分で作り出している。
馬鹿げたことで思いっきり切り替え、朝はやはり「今日一日は全てが上手くいく」と大雑把に宣言できるだけの心の広さを持たなければと自分を戒めている。
2019年1月10日木曜日
2019 劇団通信1・2月号
読売新聞編集手帳に以下のようなことが書いてあった。
夏目漱石は一高(現東大教養学部)への進学前、予備門時代に落第を経験した。それが真面目になる転機になったと随筆に書いている。
<僕の一身にとってこの落第は非常に薬になった…その時落第せず、ただごまかしてばかり通って来たら今頃はどんな者になっていたか知れない>(「落第」)
更に随想『硝子戸の中』には次の一説がある。
<私はすべての人間を、毎日毎日、恥をかくために生まれてきたものだとさえ考えることもある>大事なのは恥をかいたあと何をするかだろう。
確かにそうだと学生諸君には励みになる文面だと思ったので紹介させてもらった。
落第して落ち込んでしまうか、一念発起して前向きに進んでいくか、それによってその後の人生が大きく変わってくる。失敗や挫折があるからこそ強くなっていくし、失敗して学ぶことあるから新たな道が開かれることもある。失敗を恐れては突き進むことができない。失敗したら恥ずかしい、笑われるという恐怖心が行く手を阻んでしまう。
漱石の言うように人間は恥を書くために生まれてきたもの、誰でも恥をかかないで生きてきた人はいないだろう。私など過去を振り返ると恥だらけ!! それに芝居なんかやってる人は誰でも恥をかく。役者は演出家にダメを出され大勢の出演者の前で恥をかく。しかもベテランと言われる人だって若い役者の前で容赦無くいびられることもある。
恥ずかしいなんて感情を持つような人は役者にはなれないと思った方がいい。
夏目漱石は一高(現東大教養学部)への進学前、予備門時代に落第を経験した。それが真面目になる転機になったと随筆に書いている。
<僕の一身にとってこの落第は非常に薬になった…その時落第せず、ただごまかしてばかり通って来たら今頃はどんな者になっていたか知れない>(「落第」)
更に随想『硝子戸の中』には次の一説がある。
<私はすべての人間を、毎日毎日、恥をかくために生まれてきたものだとさえ考えることもある>大事なのは恥をかいたあと何をするかだろう。
確かにそうだと学生諸君には励みになる文面だと思ったので紹介させてもらった。
落第して落ち込んでしまうか、一念発起して前向きに進んでいくか、それによってその後の人生が大きく変わってくる。失敗や挫折があるからこそ強くなっていくし、失敗して学ぶことあるから新たな道が開かれることもある。失敗を恐れては突き進むことができない。失敗したら恥ずかしい、笑われるという恐怖心が行く手を阻んでしまう。
漱石の言うように人間は恥を書くために生まれてきたもの、誰でも恥をかかないで生きてきた人はいないだろう。私など過去を振り返ると恥だらけ!! それに芝居なんかやってる人は誰でも恥をかく。役者は演出家にダメを出され大勢の出演者の前で恥をかく。しかもベテランと言われる人だって若い役者の前で容赦無くいびられることもある。
恥ずかしいなんて感情を持つような人は役者にはなれないと思った方がいい。
2018年12月1日土曜日
2018 劇団通信12月号
最近の小中学校では先生が生徒の名前を呼ぶ時に男の子に「君」(くん)と言ってはいけないそうで男の子にも「さん」づけで呼んでると聞いて驚いてしまいました。
なぜ ? と聞くと男と女を差別しないためだとか。
そんなバカな!! なぜ「くん」が差別になるのか理解に苦しみます。
私たちは幼い頃から男には「君」(くん)で呼ぶのが当たり前だったし、今でも私は男の子に限らず女の子にも平気で「くん」づけで劇団員を呼んでいます。もちろん稽古中は下の名前で呼び捨てにしていますが、呼び捨てにしたからと言って子ども達を見下している訳でもなく、逆に親しみの表現として受け取ることもできるのです。
言葉の使い方は状況によっても変化していくのは当然であって一律に「くん」を使ったら差別になるなんて一体誰がそんなこと決めたのか、教育委員会 ? 文部科学省 ? おかしな教育行政です。
だいたい男と女は持って生まれた役割が違うのは当然であって、それを男女平等という縛りの中で差別意識がなくなると言う安易な考え方はお粗末としか言いようがありません。男女平等というのは人間としての権利を言うのであって決して同等と言うことではないのです。
女の子が「いけねえ」とか「食えよ」なんて言ってるのを聞くと虫唾が走っていたたまれなくなります。なぜ女の子特有の可愛らしさや優しい言葉が使えないのか、言葉の乱れによって人間の品位がどんどん低下しているように思われてなりません。
なぜ ? と聞くと男と女を差別しないためだとか。
そんなバカな!! なぜ「くん」が差別になるのか理解に苦しみます。
私たちは幼い頃から男には「君」(くん)で呼ぶのが当たり前だったし、今でも私は男の子に限らず女の子にも平気で「くん」づけで劇団員を呼んでいます。もちろん稽古中は下の名前で呼び捨てにしていますが、呼び捨てにしたからと言って子ども達を見下している訳でもなく、逆に親しみの表現として受け取ることもできるのです。
言葉の使い方は状況によっても変化していくのは当然であって一律に「くん」を使ったら差別になるなんて一体誰がそんなこと決めたのか、教育委員会 ? 文部科学省 ? おかしな教育行政です。
だいたい男と女は持って生まれた役割が違うのは当然であって、それを男女平等という縛りの中で差別意識がなくなると言う安易な考え方はお粗末としか言いようがありません。男女平等というのは人間としての権利を言うのであって決して同等と言うことではないのです。
女の子が「いけねえ」とか「食えよ」なんて言ってるのを聞くと虫唾が走っていたたまれなくなります。なぜ女の子特有の可愛らしさや優しい言葉が使えないのか、言葉の乱れによって人間の品位がどんどん低下しているように思われてなりません。
2018年11月1日木曜日
2018 劇団通信11月号
劇団も10月31日でちょうど25周年を迎えました。
稲城市で10人ほどでスタートした小さなグループが現在のような大所帯の劇団になるなんて思ってもいませんでした。「大きな夢」という名前にしたのもただ私が好きな言葉であったというだけで、将来に対しての具体的なビジョンなんて全くありませんでした。
しかし不思議なものでネーミングをしたことにおいて自分なりにその言葉の意義を考えるようになり、劇団として「大きな夢」を描くことはどういうことだろうとそのことがいつも頭から離れませんでした。
そして繰り返し繰り返し想念することによって「大きな夢」という言葉が次第に劇団のイメージを確立し次々と新しい展開が生まれてくるようになりました。
果たして現在のような姿が夢が実現した姿であるかどうかは別として、言葉の持つ力というものが人生を自在に操る魔法のようなものであるような気がしてなりません。
だから平素使う言葉が明るく建設的なものであれば運命もそれに伴ってどんどん好転していくものだと思いたいのです。
ところがその逆を行く人々がなんと多いことでしょう。
他人の欠点を暴きたて、愚痴を言ってマイナスの言葉を発し憂鬱な日々を送っている人たち。全て言葉の力で自らを不幸の底に追い込んでいることを知るべきでしょう。
一転して明るい言葉、讃える言葉、人を思いやる優しい言葉を発してみてはいかがでしょう。
お金のかからない人生必勝の方法かもしれません。
稲城市で10人ほどでスタートした小さなグループが現在のような大所帯の劇団になるなんて思ってもいませんでした。「大きな夢」という名前にしたのもただ私が好きな言葉であったというだけで、将来に対しての具体的なビジョンなんて全くありませんでした。
しかし不思議なものでネーミングをしたことにおいて自分なりにその言葉の意義を考えるようになり、劇団として「大きな夢」を描くことはどういうことだろうとそのことがいつも頭から離れませんでした。
そして繰り返し繰り返し想念することによって「大きな夢」という言葉が次第に劇団のイメージを確立し次々と新しい展開が生まれてくるようになりました。
果たして現在のような姿が夢が実現した姿であるかどうかは別として、言葉の持つ力というものが人生を自在に操る魔法のようなものであるような気がしてなりません。
だから平素使う言葉が明るく建設的なものであれば運命もそれに伴ってどんどん好転していくものだと思いたいのです。
ところがその逆を行く人々がなんと多いことでしょう。
他人の欠点を暴きたて、愚痴を言ってマイナスの言葉を発し憂鬱な日々を送っている人たち。全て言葉の力で自らを不幸の底に追い込んでいることを知るべきでしょう。
一転して明るい言葉、讃える言葉、人を思いやる優しい言葉を発してみてはいかがでしょう。
お金のかからない人生必勝の方法かもしれません。
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