2025年3月5日水曜日

令和7年 3月号

 今年の秋から始まるNHK連続テレビ小説「ばけばけ」は小泉八雲 (ラフカディオハーン)の妻小泉セツをモデルにした物語だそうです。そういえば30数年前私が40代後半の時NHKの「日本の面影」という番組でやはり小泉八雲の生涯を描いたドラマスペシャルがありました。小泉八雲は一時期島根県の松江にいて妻のセツのもとでたくさんの怪談を書き上げたことでも有名です。

私は高校卒業まで松江にいたこともあってそのドラマの方言指導を受け持ち小泉八雲と奥さんにとても難しい出雲弁を一つ一つ丁寧に指導させていただきました。その時のラフカディオハーン役のジョージ・チャキリスさんと妻役の壇ふみさんと一緒に過ごす楽しい時間が何日かあったのを懐かしく思い出しました。

チャキリスさんといえば初のアメリカのミュージカル映画「ウエストサイド物語」のプエルトリコ系不良集団シャークスのリーダー、ベルドナルド役で強烈なデビューを果たし一気に世界的な大スターになった方です。その人が目の前にいて壇ふみさんと通訳を交えて談笑したことなど宝物のような思い出となっています。

さてあれから30数年、再び松江がドラマに登場します。この「ばけばけ」は妻のセツさんが主役で2892人のオーディションから女優の高石あかりさんが選ばれたそうですが、夫役の小泉八雲は国内だけでなく海外にも募集をかけ1767人の応募者があり日本国内は246人、海外からは1521人(アメリカ1352人、イギリス149人、オーストラリア・ニュージーランド20人)の中からイギリスの俳優トミーバストウさんがオーディションの結果決まったそうです。

バストウさんは日本の文化や映画に惹かれて10年間日本語を学んだそうですが、それにしても日本のドラマに海外からこんなにも大勢の人が応募するなんてすごいことだと思います。エミー賞を総なめにした真田広之主演「SHOGUN 将軍」の影響もあるかもしれませんが、この先の日本の映画やドラマ界に一層の弾みがついていくことを期待せずにはいられません。



2025年2月14日金曜日

令和7年 1月号

 最近つくづく思うのは我が劇団はなんて素晴らしいところだろうということです。

小さな子どもから大人までいつも一緒になってレッスンに励み、舞台美術、照明、音響など一流のスタッフさんに囲まれて毎年大きなホールでミュージカルの舞台に立てている現実、これが既に30年以上も続いています。

しかも子ども達はわざわざ中央まで出かける必要もなく各地域において全国共通同じように創作活動に打ち込める環境があるということ、他にはない児童劇団「大きな夢」だけの特色です。

上演作品にしても劇団のオリジナル作品を4〜5年の周期で各地持ち回りのように公演しているため、数年先に回ってくる憧れの役柄を想定しそれを目標に努力する子も多くこれがまた向上心に拍車をかけます。このような独自のシステムによって相互の交流も盛んに行われ、父母会の活動もネットワークによっての協力態勢がしっかり確立されてきました。

また毎年年末になると歌のコンクール「夢コン」で全国の子ども達が一堂に会し各地のKMで予選を勝ち抜いた精鋭が歌唱力を競い合い、そのレベルは年々驚くほど高くなり劇団員を刺激しやる気を掻き立てていきます。劇団はプロの俳優を育てようとやっているわけではありませんが、いつの間にか自分の才能に目覚めプロを目指して頑張っている子も増え、既に立派に活躍している劇団出身者も多くなってきました。

しかしミュージカルに限らず社会に出てプロになるということはただ単にスキルをアップさせることではなく人間的な内面の成長が疎かになってはいけません。劇団で育んだ様々な体験を活かし、SNSでの誹謗や中傷はもってのほか、明るく謙虚に人の良いところを積極的に認めていける大きな人間になって欲しいと願わずにはいられません。





令和6年 12月号

 歳を重ねると月日の過ぎるのが超特急のように短く感じられ、あっという間に年末の夢コンがきてそしてすぐに新年を迎えるという目まぐるしいサイクルの中で生きているような気がしています。

子どもの頃は長く感じられた一年は10歳の子であれば10分の1の一年であり、私のように82歳になると82分の1年という短さになってしまいます。時間の長さは一定であっても状況によって感じ方が違うことを考えれば時間はあってもないくらい不思議な気持ちになる時があります。何かに夢中になっている時はあっという間に過ぎてしまいますが、行列で何かを待っている時などなかなか時間が経ちません。こんなことが気になるのはやはり歳のせいなのでしょうか。

さて歳のせいとは言いたくありませんが先日ある劇場で大したことでもないのに酷く腹立たしいことがありました。他人の行為に腹を立てて不愉快になることほど馬鹿らしいことはありませんが性格は幾つになっても変わらない自分が情けなくなります。

この時は私の席の隣にいた30代の女性の二人ですが、通路から私の席の前を通って座る時に狭くて通れないので私は素早く立ち上がってレディーファースト気取りで通してやりました。とろが大きなお尻が通過した後「すみません」も「ありがとうございます」の一言もなく二人の女性はおしゃべりに夢中、それが隣に座ったので居心地の悪さといったらありません。

NYのブロードウエイやロンドンのウエストエンドなどの劇場では必ず「ソーリー」と言って席に着くのが習慣のようでその一言があればお互いに気持ちよく観劇できるのです。ところが日本ではどうでしょう。周りを見ても徹底していないもどかしさを感じてしまいます。

礼儀を重んじると言われている日本人がこれでは恥ずかしい限りです。自分さえ良ければという他人を思いやる気持ちが希薄になってきているのか、私一人が意気がってみたところで所詮年寄りの戯言で済まされてしまいそうです。





令和6年 11月号

 Bプロの演技レッスンを狭い事務所で不定期ではあるが私のスケジュールの空きがある時にやっている。

大体4、5人のグループで2時間バッチリ、午前と午後、あるいは夜間と続けてやる時もあるが不思議と疲れない。それは可愛い子ども達がおじいちゃんを囲んで孫やひ孫と団欒しているような雰囲気でのレッスンであるから、私にとっては若返りのひと時と位置付けている。

何よりも談笑の中で一人一人の性格や向き不向きがよく分かり堅苦しい面接などでは得られない貴重な発見の場にもなっていて、外部のオーディションなどに行かせる時の人選にも役に立っている。

小学生はとにかく可愛い、中学生は大人の雰囲気で輝き始めている子もいて高校生と一緒にレッスンするような時もある。先日滑舌の基本的な話の中で、しゃべりにもいろんな言い方があって例えば寅さんの口上ように、と言ったところで、そうか「寅さん」って知ってるか ?と念を押したところ全くの無反応、それじゃ「男はつらいよ」という映画は ? 知りません。ちょっと待てよ、そんなことも知らないのか、山田洋次監督は? 尚更わからないと首を傾げる。えっ? 君たちは映画観ないのか ? 無反応、黒澤明監督は ? そうか、知らないのか、では清純派の女優としてデビュー以来日本の映画界のトップ女優として今なお第一線で活躍している吉永小百合は ? 知らない---残念 ! 

この時集まっていた中学と高校生は映画もテレビも見ないという。ほとんどスマホで事足りているようだ。そんな勿体無い、素晴らしい映画を観て感動し、感性が磨かれるようなことはないのか、果たして年齢の差によるものなのか、家族も含めて環境がそうなのかは分からないが兎に角一番吸収できる時期に、しかも現に劇団にいて舞台に立って演じている若者がそれでは困る。

あゝ目の前にいる中高生と私は70年近い開きがあり自分が宇宙人のような存在に思えてしまう。いやいやそれでも先輩として凛とした姿を見せなきゃ




令和6年 10月号

 私の代名詞であるフランスの世界的に有名な2枚目俳優アランドロンさんが亡くなった。ずば抜けたいい男、特に地元フランスでよりも日本の女性にモテた色男。その代名詞 ? 私が ? 自分の顔をよく見てみろよ ! と誰しも思うのは当たり前、それでも結構若い時から使い続けていた癖が今でも抜けていないから困ったものだ。誰かと話している時ふと口を滑らすと座が和み会話が楽しく進んでいく心地よい体験が忘れられないからだ。

あまりにも私と似ていないから言えることであって要はイケメン「水も滴るいい男」の代名詞、ところが最近若い劇団員の前でアランドロンのことを言っても全く反応がない。寂しい。

彼らは早速スマホを取り出して検索し、私の顔と比較しながら不審な目で見られてしまう。ジョークで楽しい雰囲気を作ろうとしたことが「変なおじさん」に急降下 !! さもあらん。アランドロンが活躍した時代を懐かしむ世代は年々減少していく。

ところが同じ時代に活躍していたオードリーヘップバーンになると現代の若者の間でも認知度が高く巷の広告宣伝にもよく登場している。「ローマの休日」は何度見ても心を揺さぶられるし、かつての名作と言われている映画は時代を超えて私たちの人生観まで変えてしまうほどの影響力がある。もちろん文学に関しても、芝居に関しても言えることだが、映画人口の方が圧倒的に多いからその恩恵に授かっている人の数も計り知れない。

最近は映画だけでなく若者が興味を持つあらゆるジャンルのものが横行し影響されるエンタメなども多岐にわたっているため簡単に論ずることもできないが、一律でない一人一人の個性の輝きを見失うことなく自分にしかできない能力を磨きながらしっかり将来を見つめて進んで欲しいと思う。

劇団BDP、児童劇団「大きな夢」でやっているミュージカル活動も所属している劇団員にとっては将来を左右する大きな分岐点になることもあり、劇団で学び培ったことが栄養価の高い成長促進剤になれば幸いである。



令和6年 9月号

 最近子どもミュージカルの公演会場でフォトスポットのパネルから顔を出して写真を撮る光景が多く見られるようになってきました。

あれッ? 同じパネルが他のKMの会場にもあったぞ ? と調べてみると父母会間で使いまわしていることが分りました。例えば「桃太郎!」や「ピエロ人形の詩」は加賀KMで制作したものを貸し出しているということです。加賀父母会の高野都さん(デザイナー・工芸作家)が製作なさったそうで、折角作ったものをそのままにしておくのは勿体無いということで高野さん自ら他のKMに呼びかけて有効利用してもらっているということです。

このような形での父母会同士の交流があり、昨年の父母会役員総会では遠隔地の札幌、福岡、熊本、広島、加賀、長野の役員の方々が交流を深めあったというお話も聞きました。それぞれ皆さんが郷土愛を持って結束し劇団活動を推進してくださっていることの有り難さ、遠隔地だけでなく関東首都圏の各KMの父母会の方々の交流も盛んに行われている現状に30周年を経た劇団は父母会という盤石の組織に守られての公演活動であることを忘れてはなりません。

元々父母会ができたのは、劇団が営利を目的とした商業主義的な活動と見られがちなこともあり、あくまでも地域に根差したミュージカル活動を推進する団体であり、教育的要素も含めての活動であることから各地域の保護者に運営してもらう組織として存在することになりました。

従って劇団は父母会からの依頼で現地に赴いて劇団員の指導に当たり、毎年の上演演目の舞台を仕上げるという独自の形として定着しています。子どもミュージカルの場合チケットを頒布するのはほとんどが父母会、つまり出演者の親御さんの手によってなされていますが、子どもが成長して高校生や大学生になっても自分では売り捌けない話もよく耳にします。出演者がチケットを捌かなければ成り立たない演劇の世界、この道で身を立てようとする者はしっかり心に刻んで欲しいと思います。




令和6年 8月号

児童劇団員のキャスティングについて書いてみたいと思います。

各地の子どもミュージカルは毎年上演作品が決まってから配役を決めるためのオーディションを行います。年一度のキャストオーディションは劇団員の実力と努力の成果が問われる最も重要な位置付けとなっています。

オーディションの結果を審議するキャスティング会議ではそれぞれ担当の講師が一つ一つの役について討議しながら配役にふさわしい子をピックアップしていきます。世間一般のオーディションではキャラクター的素材とそれに伴う実力が最優先されますが、「大きな夢」ではそれとは異なった独自の審査方法でやってきました。

日頃のレッスン態度や在籍年数、努力の成果が見られるかなども重要なポイントです。しかし主役となるとそればかりではありません。実力はもとより華のある存在感や責任感などの人間性、劇団活動に協力的かどうかなども判断材料になります。だからと言って毎年同じようにメインにすることは極力避けて他の子にもチャンスを与え成長を促していくことも忘れてはいません。期待していなかったような子が飛躍的に成長していった姿もたくさんみてきましたが、いずれにしても講師の先生達は苦渋の決断を迫られる時でもあります。発表したキャストで果たしてどの程度の完成度になるか、やってみなければわからない面も多く、キャスティングで成功した例もある一方逆に反省材料が多く残ってしまった例も少なくありません。

子ども達の将来にどのような影響を与えるのか一人一人の可能性を考えながら、尚且つ発表した後のフォローを講師の先生達はしっかりやっていかなければなりません。児童劇団「大きな夢」は「子どもの教育」ということを掲げて活動していますが、オーディションの結果だけでなく子ども達が今後も前向きに張り切って創作活動ができるよう具体的な心のこもったアドバイスや明るい励ましの言葉をかけてやってほしいと願わずにはいられません。 




2024年7月10日水曜日

令和6年 7月号

 坪田一男先生のことを紹介したいと思います。

坪田一男先生は現在 (株)坪田ラボの代表取締役社長であり、慶応義塾大学名誉教授/慶応義塾大学医学部発ベンチャー協議会代表/医学博士/経営学修士(MBA)などの幾つもの肩書きをお持ちで正に八面六臂のご活躍をなさっている私が最も尊敬している方のお一人です。

先生には5人のお子さんがあり長男、次男の2人を除いて後の3人が25年前小学生の時に西船橋KMに入団してきました。そして彼らは大人になった現在に至るまで劇団BDPの活動を支え続けてくれています。お父様である坪田一男先生とはその25年前からのお付き合いで、いろいろ相談に乗っていただいたり、折に触れてご援助いただいたり、現在劇団の株主にもなっていただいております。

先生にお会いした当初は眼科医としてのご活躍という程度の認識しかありませんでしたが、この度出版された「新しい医師の役割」という先生のご著書に触れてこれまで存じ上げなかった奥深さに圧倒され、改めて先生の偉業にひれ伏してしまうほどの感動と勇気を与えていただきました。と同時に私の甘っちょろい劇団運営によって妻や周りのスタッフには迷惑のかけ通しであったことを深く反省することにもなりました。

劇団を立ち上げて何とかやってきた30年の間に坪田先生は独特の「ごきげん」主義で何百億という数字を動かす株式上場会社をお作りになりました。そして日本の医療界にメスを入れるイノベーションを提唱し研究を重ね、世界市場に向けて活発なビジネス展開をなさっています。

そのような先生ですが良き家庭のパパとして公演やイベントにも足を運んでくださり、時々奥様のことをみんなの前で「カズコ愛しているよ !」と明るく愛深い表現をなさったりする楽しいお人柄でもあり、私など恥ずかしくて到底真似できることではありませんが、やはり常識では計れない頭脳と行動力をお持ちの先生だけにこの先更にとてつもない大きなことが起こりそうな予感がしないでもありません。




令和6年 6月号

私の身近なところに新婚以来まだ一度も夫婦喧嘩をしたことがないという人がいます。もちろんまだ10年は経っていないということですが、それでも私には信じられないことです。

このご夫婦の場合どちらかが寛大で相手の言うことを全て理解してあげるとても良い性格の持ち主であるかもしれないし、あるいは喧嘩になるような意見の対立がないという二人の間柄とも考えることができます。恐らくそんなこと自分達にはあり得ないと声を大にして反論するご夫婦が圧倒的に多いと思いますが、どの程度が喧嘩なのかという内容にもよると思います。

私は58年間夫婦生活を続けていますが、よく言い争いをして私の方が激怒したことが数え切れないほどあります。しかしその都度私は自室にこもって呼吸を整えます。いつまでもカッカとした状態では身体に良くないしやるべき仕事も捗らないので出来るだけ早く気持ちを切り替えて怒ったことは忘れるようにしています。

私の妻は人さまの前では言葉を荒げたりしたことのないとても優しい女性ですが、時として私にだけは激しい言葉を発する時があります。そのギャップに私も負けずとばかり言い返すという口喧嘩のパターンですが、それでも58年間よく続いてきたものだと自分を褒めてやりたい ? いや、そんなことはない、やはり軍配は妻の方に上がるでしょう。

劇団の草創期から彼女の協力なくしては存続できなかった功績を考えると「喧嘩などとんでもない」と平時には感謝の心を忘れないように心がけているつもりですが、感情的になると気持ちをコントロールするのが難しく、幾つになっても人間修行の最も肝心なところから抜け出せないでうろうろしています。

私の場合絶対に暴力に訴えることはありませんが、最近の暗いニュースで多いのは一時的にカッとなって我慢するという辛抱強さが希薄になっているために起きている事件です。もう少し冷静になれば防げたかもしれないのにと自らの未熟さを棚に上げて呟いています。




 

2024年5月22日水曜日

令和6年 5月号

 今年の3月は例年より開花が遅かった桜前線を尻目に子どもミュージカルの春公演が一足早く満開の花を咲かせ、各地とも例年を上回る多数の出演者によって嘗てない圧巻の舞台を見せてくれました。特に首都圏では劇団員同士の交流が盛んになってきたこともあって相互の賛助出演で協力し合う頼もしい流れも生まれてきました。また劇団員でない一般の子ども達の賛助出演者も多く、いずれ入団に繋がる可能性もあることから3月は春爛漫に相応しい実り多き公演シーズンとなりました。

毎年3月から4月にかけては卒業や入学、進級のシーズンで子ども達にとっては大きな変化に夢が膨らむ季節でもあります。進学を機に勉学に励むため劇団を去っていく者、児童劇団から更に上を目指して大学の演劇科や専門学校、或いは大手の養成所に進む者など「大きな夢」を離れていく理由は各人様々ですが彼らの新しい門出にエールを送らなければと思いながらも中には理解に苦しむような選択をした子もいて頭を抱えることもあります。しかしその子の将来がどのように展開するかは神のみぞ知ることであり、助言はできても本人のやりたい進路を否定するようなことは一切しないように努めています。

時々各地の公演会場などで嘗ての劇団員からその後の様子を聞くこともありますが、在籍当時演技者としての将来性は全くなかったような子が立派な社会人として生きている姿に感動を覚え、努力して成し遂げるという劇団で培ってきた強さが実社会でも生かされていることに喜びを感じずにはいられません。しかし逆に役者の道に進むとなると一般社会人とは正反対の安定など望むべくもない修行の場に身を投じることになります。投じた以上は厳しさの中でひたすら向上心を維持しながら努力を積み重ねていかなければなりません。そして苦労しながらも演ずることが喜びとなり生き甲斐となって奥深い舞台芸術という魅力に取り憑かれてしまいます。多くの役者達をとりこにしている所以でもあります。







令和6年 4月号

 2月の終わりに日大芸術学部の「白い病」の公演を観てきました。1年生から4年生までのオーディションで選ばれた演劇学科の学生たちが手作りの舞台で熱演していました。しかし手作りと言っても演出は日本の演劇界の第一線で活躍している東宝演劇部の山田和也さん。帝国劇場、日生劇場、PARCO劇場など多くの演出作品で数々の賞を受賞、最近では子ども達に人気のミュージカル「アニー」の演出も行なっている人です。その一流の演出家の指導のもとで創り上げた舞台は作品のテーマが明確で私は珍しく食い入るように2時間釘付けになってしまいました。もちろん学生たちの公演なので演出意図が活かしきれない未熟さやもどかしさもありましたが、流石だと頷ける展開も随所に見られこのような恵まれた環境で学んでいる学生達はもっともっと頑張ってほしいと思いました。

この「白い病」という作品はチェコの有名作家カレル・チャペックの戯曲で第二次世界大戦没発の2年前に書かれたもので、現在の世界情勢に当てはめて考えることもできるゾッとする鳥肌もののSF作品でもあります。この舞台に登場する断固として戦争を推し進める総司令官の自らが不治の伝染病に罹患した途端に見せる滑稽なまでの心の変化に同情してしまいました。いくら戦争によって全てを勝ち取ると豪語していても自分の身体のことが気になりだすと考え方や思想までも変わってきます。作者はそこに至る伏線を巧に準備しながら観客の心をかき乱していくのです。

私たちは日常の健康な時はそれが当たり前のように暮らしていますが、私のようにコロナに侵されてからは諸器官の不具が見つかり慌てて元に戻そうと再起動しても老化によって手遅れ、頑張りすぎて逆に酷い筋肉痛になってしまった筋トレの例など自己管理のいい加減さに打ちひしがれています。「ロビンソン&ロビンソン」の歌詞にあるように当たり前の毎日がかけがえのないものであることに気が付かない訳ではありませんが‥‥。




令和6年 3月号

 blanc(ブラン)という劇団の若手のグループが1月末小劇場で4日間の公演を行いました。メンバーの4人はそれぞれが児童劇団「大きな夢」で育ち大学や専門学校を経て現在劇団BDPの役者として活躍する一方「子どもミュージカル」の指導講師や事務局スタッフとして献身的に仕事をしてくれている頼もしい存在の面々です。

脚本から演出まで全て自分たちで創り上げた今回の演目「遅咲きの一室」はこれまでに抱いていた彼女たちのイメージを一新させた上質のコメディーとして見事な舞台を現出させてくれました。

嘗て大阪芸大でしっかり学んできた福原佑実の脚本は遅咲きではなく早咲きの一面を垣間見たような笑いの内に終幕では友情の絆でほろりとさせられるという構成の妙。逸材の脚本家の片鱗を思わせる小さな舞台での大きな成果に胸が弾みました。

また現有の劇団員の中ではベテランの域に入ってきた小渡優菜は新しいキャラクターに挑戦、少々頭の足りない役者志望の役柄を懸命に演じている姿に役者魂を見せつけられた思い、今後の期待度が益々高まっていきます。

そして驚いたのが濱由季子の演じたYouTuberの役。序盤から明るいテンポで惹きつける独特の存在感、元々ダンサーとしてこれまで劇団の舞台でも魅力あるダンスを披露していましたが今回は全くダンスなしの女優としての出演。持ち前の響く声を存分に発揮して爽やかに演じていました。

そしてもう一人のメンバーの古川美帆は普段は事務局の仕事で現場の舞台に顔を出すことはありませんが、そこは長年KMで鍛えたキャリアを活かして持ち前の悪のかけらもないような平和なキャラクターを熱演していました。

又今回BDPの先輩伊藤香が協力出演、登場しただけでも笑いを誘う面白いキャラで歌も歌って花を添えていました。そして脚本の福原佑実も売れない漫画家の役を売れているように嘘で惑わす役を好演し、しかも演出も兼ねての大活躍。今回のblancの公演は予想外の実りあるものとなりました。



2024年5月21日火曜日

令和6年 新年号

 今年は元旦から北陸地方の地震と津波の被害に襲われたニュースを見てしばし言葉を失ってしまいました。被災した人たちの避難生活や住居を失った人たちのこれから先のことを考えると居た堪らない気持ちになります。地震が起きるまでは皆さん穏やかな元日の朝を迎え家族の安全と幸せを祈りながら今年も良い年になりますようにと明るい希望を持ってスタートしたと思います。それが夕方になって一瞬にして打ち砕かれてしまったのです。誰一人予想もしなかった自然の脅威に怒りのやり場もなく、只、手をこまぬいてテレビの画面を見ているだけの苛立ちの中で一刻も早い復旧を祈るしかありません。石川県には加賀子どもミュージカルがありますが、幸いに劇団員の家庭では被害はなく安全が確認されたので多少安堵しましたが、今後の公演活動に向けて支障をきたさないよう祈らずにはいられません。

 今回の災害のようにいつどんな形で突然私たちに降りかかってくるかわかりません。今安泰でも次の瞬間どうなるのか誰にも予測はつきません。災害だけでなく航空事故や交通事故あるいは戦争に巻き込まれる危険もあり、突如健康を害して寝込んでしまうとか私たちの周りを見渡せばこれで絶対安全だという保証はどこにもありません。だからこそ今与えられている現在という時間を精一杯生かさないと勿体無いのです。人は誰でも必ず年老いてやがてこの世から去っていきます。若者は若い時にしかできないこと、今しかできないことをしっかりやるべきです。

年齢を重ねてくると肉体が思いのほか不自由になり若い頃のような勢いはなくなり、どんな艱難に遭遇しても果敢に走っていく姿は懐かしさの中でしか存在しなくなります。しかし過去に培った経験や能力は若者にはない叡智によって優れた人格の形成を生み出していくのも事実です。いずれにしても長いようで短い人生、自戒も含めて若い時にやっておけばよかったと思うことのなんと多いことでしょう。




2023年12月25日月曜日

令和5年 12月号

 創立30周年記念公演も無事終えることができました。80人の子どもたちに囲まれて幸せな環境での公演でしたが、一方では自らのプレッシャーに押しつぶされそうになりながらの厳しい公演でもありました。

今年に入って二つの舞台に出ると決意した瞬間からこれまでにないプレッシャーに襲われ、コロナの後遺症が一年余経過しても元の体調に戻れない中での無謀な決断だったからです。それに加え体調不良によってもし途中で出演できない状況になれば公演中止にもなりかねないシングルキャストの重圧がのしかかり、取越し苦労的な妄想と闘いながらの日々が続いていったのです。

就寝時になると咳き込むのが当たり前のような日常には慣れてはきたものの舞台の最中に咳き込んだらどうしようという恐怖心は本番までずっと付き纏っていたのです。しかし老骨に鞭打つとは正にこのような状態であり、最終的には開き直るしかありませんでした。

楽屋で準備しているときに咳は出ても舞台に上がってセリフを言っている時には不思議と咳のことは忘れ、逆に相手のセリフを聞いている時や間がある時に限って身体の中から出るぞ、出るぞという信号が送られてくるのです。それを押し留めるために腹筋に力を入れて耐えていなければなりませんでした。

  このような状況の中でも何とか公演を全うできたのは自分の力ではない不思議な力によってもたらされたもののような気がしてなりません。それにしても周りの出演者は一部の高校生を除いてほとんどが小学生と中学生でその子ども達のバワーには圧倒され続けていました。

子ども達がミュージカルの舞台に立ってのびのびと活躍できる環境を「大きな夢」は30年かけて作り上げてきました。私にとっても劇団にとっても大きな節目となった今回の公演はお陰様で大過なく無事に幕を閉じることができました。感謝しかありません。この機に老兵は去りながら後に続く若者達の活躍を見守り続けていければと思っています。





令和5年 11月号

9月のアカデミー公演「ハムレットレポート」に出演しましたが、私の役者人生初体験の大きな失態、セリフが突如出てこなくなるという哀れな状況に見舞われてしまいました。

セリフというのは一旦頭の中に入ってしまえば稽古を重ねている内に自然に身体から出てくるようになり、例えば他のことを考えながらでもセリフのリズムに乗ってさえいれば淀みなく言葉が出てくるものです。しかし私の場合瞬間頭の中が真っ白になり、次のセリフが出てこない状況が稽古中に何度かありました。そのような時プロンプター(陰でフォローする人)がいて次の頭のセリフの一言でも言ってくれれば思い出せるものを、本番では舞台セットやワイヤレスマイクの問題もあってプロンプターは必要ないと自身で決めつけ、その代わり毎日しっかり身体に覚え込ませようと嘗てないほど反復練習に精を出しました。

老化現象と認めてクヨクヨするわけにもいかないので本番では開き直って舞台に立ちました。ところが稽古中では何の問題もなかった箇所で突然セリフが出てこなくなってしまったのです。みっともない最悪の状態でしたが、周りの若い出演者たちに助けられ何とか終えることができました。

人にはそれぞれ与えられた寿命があって長生きする人もいれば早逝する人もいます。役者としての寿命も人それぞれで私は今の81歳が限度だと言い聞かせています。これまで役者は健康であれば幾つになってもできるものだと考えていましたが、とんでもない、持っている部品がどんどんダメになっていく現実、補聴器をつけて舞台に立っても自分の喋っている音量がどの程度かも曖昧で、こんな情けない状態でやるべきではないと自戒しています。自然が与えてくれた流れの中でもう役者は卒業しろと天から聞こえてきたような気がします。

「緑の村の物語」のセリフで「自分で弾けなくても教えることはできるんだ」と悟るシーンがありますが、そうなのです。私の残りの人生を捧げます。




令和5年 10月号

 最近のミュージカルの舞台は観客事情が大きく変わってきたように思います。

これまでもソロで歌い終わった役者には当然のように客席から拍手が起こっていましたが、最近では劇中でリズムに乗れるような歌のナンバーが出てくると、それに合わせて観客が手拍子するまでになってきました。更にカーテンコールになると拍手が会場一杯に鳴り響き、出演者が舞台上でバウ(おじぎ)するのが4度目くらいになると一斉に立ち上がってスタンディングオーベーションに変わります。

確かにブラボー !!と拍手を送りたい時もありますが、逆にそれほどでもないような舞台でもお決まりのように観客総立ちで拍手を送るようになってきました。私のような偏屈者は意地でも立ちたくないと思った時は座ったままで前に立っている人のお尻をじっと眺めていることにもなります。恐らく私と同じように立ちたくない人もいるでしょうが、よほどの信念と勇気がない限り雰囲気に負けてしまうでしょう。なんとかならないものかと思っても観る人それぞれ感性や興奮度が違うので一概にどうすることもできずただ我慢するだけです。

そんな私だっていつかロンドンで「マンマミーア」を観た時はカーテンコールで異常なほど興奮し縄跳びのようにジャンプを繰り返し拍手を送ったこともありました。とにかく出演者にとっては観客の拍手は演じた舞台が認められた証のように捉え、何よりの励みとなって益々舞台の魅力に取り憑かれていきます。

我が劇団の公演でもそのような傾向が今年になって特に目立つようになってきました。それでもまだ拍手をしていいものか戸惑っているお客様もいるようですが、そのうち子どもミュージカルでもスタンディングオーベーションが当たり前になってくるのかもしれません。

それにしても上演中の携帯の呼び出し音や幼児の泣き声など、お客様の事情がどうあろうと最低のマナーだけは守ってほしいと-----いやいやそれでもお客様は神様でございます。




令和5年 9月号

 婦人之友社の雑誌「明日の友」の編集部から、「緑の村の物語」に主演する私を取材したいとの依頼があり、80名の出演の子どもたちに囲まれての熱気あふれる稽古場で取材を受けました。

この「明日の友」は創刊50周年という歴史ある高齢者向けの季刊誌で、健康問題や日々の生活のあり方など私の年齢になると成る程ごもっともといちいち頷けるようなとても興味を惹かれる内容の雑誌で、私が取材を受けたのは秋号として10月に発売予定だそうです。その編集をしている方が2人のKM劇団員のお母さんで父母会長もなさっていたというご縁から今回のお話をいただきました。

事前に取材の内容や質問事項など提示されましたが、劇団の歴史や私が辿ってきた半生は3年前出版した書籍に詳細に書き綴っていましたので、それに倣ってお話しすればいいと思っていました。ところがいざ対面で質問されたりすると老化の影響もあるのか以前の考え方とは多少違った視点で物を言っていることに気がつきました。いや、老化とは思いたくないのですが劇団に対する考え方や捉え方が微妙なところで変わってきたように思います。

これまでよりも俯瞰的な立場で劇団を見ているような変化でしょうか、30年の歴史を振り返りながら改めて考え直すきっかけを与えられたような気がしたのです。覚醒的タイミングと言えばオーバーな表現かもしれませんが、新たな展開の可能性を示唆する程度のものであっても私にチャレンジする気を起こさせてくれたことは事実です。

又最後の質問で私の大きな夢は何かと問われて現世では実現しないような夢を語りましたが、恐らく後進のスタッフは引き継いではくれないだろうと無責任な発言をしてしまいました。その途端、取材に立ち会っていた幹部の霜島愛生が「そんなことありません。私たちはみんな先生の夢を引き継ごうと思っています!!」と力強く言ってくれたのです。

あゝ私はまだ彼らを信じていなかったのか、恥ずかしさの一方で後を継いでくれるスタッフの心強い想いを知って嬉しさが込み上げてきました。




2023年9月4日月曜日

令和5年 8月号

 劇団はミュージカル活動を積極的に展開しながら、児童劇団員の情操面での育成を掲げての活動でもあります。では情操とは何か、広辞苑によりますと「感情のうち、道徳的・芸術的・宗教的など文化的・社会的価値を具えた複雑で高次なもの」とあります。そして情操教育となると「創造的・批判的な心情、積極的・自主的な態度、豊かな感受性と自己表現の能力を育てることを目的とする教育」とあります。

このような難しい定義を改めて考えると、私たち劇団活動が安易に情操教育なんておこがましいことを言ってはいけない気にもなります。特に発育段階にある子ども達は生まれた環境の中で、それぞれが個別の情操面を育みながら成長していきます。その環境の中心にいるのはもちろん親ですから、親の育て方によって子どもの情操面も大きく変わってきます。

 劇団ではそれぞれ違った環境で育った子ども達が集まってきて、更に「ミュージカルの創作」というそれまでとは全く異なった環境で活動することになります。芸術的才能を持った子もいればそうでない子もいます。スポーツ向きの子もいれば、異次元の世界に舞い込んできたかのように、萎縮して最初はなかなか馴染めない子もいます。しかしみんなで一緒になって作品を作り上げるさまざまの体験を通して、それぞれが個性的な情操面の育成に自然と繋がっていくのです。ですから劇団で掲げる情操教育も、結果として少しは役に立っているのかもしれません。

 最近の若者の犯罪や自殺が増えていますが、劇団のように一つの目標に向かってみんなで作り上げていく活動をしている子ども達には縁のないことのように思われます。楽しくて夢中になれるミュージカルの舞台に立った子ども達が、間違った方向に進む訳はないと思いたいのです。「学校には行きたくないが、劇団は休みたくない」という声をよく聞きます。親御さんにとっては複雑でしょうが、劇団を楽しく続けているお子さんをどうぞ信じてあげてください。





令和5年 7月号

 若者には限りない未来があり大きな夢を描くことができる。夢を描くことは、将来に対しての設計図を作り、自らが設定した具体的な進路に向かって、果敢に挑んでいくパワーを与えてくれる。芸術やスポーツにおいては、努力目標も明確に示されていて、そのラインに沿っていけばある程度は描いていた夢に近づくこともできるが、次第に到達点はどこにあるのか定まらなくなり、設計図を修正しなければならない時がやってくる。

例えばスポーツは現役選手の寿命というものがあり、引退してからの人生をどう生きるのか、俳優にしてもスター的存在になった後の人生がどうなるのか、アイドル的女優などもある年齢に達した時のギャップに遭遇して、以後の生き方を考え直さなければならない時が来る。幼い頃から描いてきた夢の修正、設計図を書き直す楽しみな時期が必ずやってくるのだ。

しかしそのようなことを見越して、現実的な夢を描けということでは決してない。若い時にしか出来ない何にでも挑戦し可能にしてやるぞという大胆な勢い、いわば無謀とも言えるだけの大きな塊が若者によって弾ける勢い、それが新しい世界を作り上げる。

だからできるだけ大きな夢を描いてほしい。たとえ夢が破れてもまた、新たに夢を描けばいい。恐れることはない、躊躇するな、何度も修正していけるのが若者の特権だ。私にも若い時があった。これまで何度も修正を迫られてきた。だからこそもっと大きな夢を描けた筈だと振り返っても見るが、反省だらけの半生を今更どうすることもできない。

最大の修正は劇団四季を辞めた時、さて明日からどうして生きていこうかと考えていた矢先ふと児童劇団をやってみようと思いついた。収入のアテもない無謀な決断だったが、今大勢の子ども達や若者に囲まれた境遇を考えると、不思議な気がしてならない。どんな夢にも勝る至福の場所が劇団であり、そのような素晴らしい場所を与えてくれた神に限りなく感謝している。我が夢を修正したおかげである。




2023年5月30日火曜日

令和5年 6月号

 宝塚歌劇団に入った児童劇団「大きな夢」の出身者は3人います。第一号が「初台KM」にいた田草川ゆかり (芸名 澄風なぎ)。彼女は十数年来宝塚の舞台に立って華やかに活躍していました。そのお陰で私も宝塚歌劇を観る機会に恵まれ東京公演だけでなく本拠地の宝塚大劇場まで足を運んだこともあります。男役として颯爽とした姿で登場する度に私はおじいちゃん目線でうっとり観ていました。

彼女はそのような舞台写真を近況報告と一緒に送ってもくれたりもしていましたが、今年6月の公演を最後に卒業することになってしまいました。卒業は宝塚の宿命みたいなところでしょうが、まだまだ若い彼女、女優として新たなスタートを切るこれからの活躍に心からのエールを送りたいと思います。

そして続く二番目はと言っても田草川とは10年以上の開きがありますが昨年デビューした「西船橋KM」出身の辻本朱里(芸名 瞳月りく)。私が彼女に一度宝塚を見た方がいいとチケットを手配したのがきっかけで宝塚歌劇に目覚め、2年間の宝塚音楽学校を経て昨年の4月のデビュー公演で堂々と口上を述べ正式にタカラジェンヌとしてのスタートを切りました。たまたまこの舞台が澄風なぎの所属している「宙組」の公演ということもあって、宝塚大劇場に出向き二人の孫を見るような目線で酔いしれていました。

そして3人目は今年4月にデビューした「初台KM」出身の山田早瀬(芸名 早瀬まほろ)。招待を受けたこともあって福岡KMの本番が終わっての帰途5月9日に宝塚に寄ってデビュー公演を観劇しました。彼女は新入団員の序列の二番目に位置していて期待度が高くこの先の活躍が楽しみな存在です。この雪組の公演は前述の「瞳月りく」も出演いて期せずして私の席のすぐそばで踊っていた彼女と一瞬目があったのが印象に残りました。

厳しい訓練を乗り越えてこそ華やかさが際立つ舞台であり、彼女らの魅力あふれるタカラジェンヌとしてのこれからに期待しています。