2024年5月22日水曜日

令和6年 3月号

 blanc(ブラン)という劇団の若手のグループが1月末小劇場で4日間の公演を行いました。メンバーの4人はそれぞれが児童劇団「大きな夢」で育ち大学や専門学校を経て現在劇団BDPの役者として活躍する一方「子どもミュージカル」の指導講師や事務局スタッフとして献身的に仕事をしてくれている頼もしい存在の面々です。

脚本から演出まで全て自分たちで創り上げた今回の演目「遅咲きの一室」はこれまでに抱いていた彼女たちのイメージを一新させた上質のコメディーとして見事な舞台を現出させてくれました。

嘗て大阪芸大でしっかり学んできた福原佑実の脚本は遅咲きではなく早咲きの一面を垣間見たような笑いの内に終幕では友情の絆でほろりとさせられるという構成の妙。逸材の脚本家の片鱗を思わせる小さな舞台での大きな成果に胸が弾みました。

また現有の劇団員の中ではベテランの域に入ってきた小渡優菜は新しいキャラクターに挑戦、少々頭の足りない役者志望の役柄を懸命に演じている姿に役者魂を見せつけられた思い、今後の期待度が益々高まっていきます。

そして驚いたのが濱由季子の演じたYouTuberの役。序盤から明るいテンポで惹きつける独特の存在感、元々ダンサーとしてこれまで劇団の舞台でも魅力あるダンスを披露していましたが今回は全くダンスなしの女優としての出演。持ち前の響く声を存分に発揮して爽やかに演じていました。

そしてもう一人のメンバーの古川美帆は普段は事務局の仕事で現場の舞台に顔を出すことはありませんが、そこは長年KMで鍛えたキャリアを活かして持ち前の悪のかけらもないような平和なキャラクターを熱演していました。

又今回BDPの先輩伊藤香が協力出演、登場しただけでも笑いを誘う面白いキャラで歌も歌って花を添えていました。そして脚本の福原佑実も売れない漫画家の役を売れているように嘘で惑わす役を好演し、しかも演出も兼ねての大活躍。今回のblancの公演は予想外の実りあるものとなりました。



2024年5月21日火曜日

令和6年 新年号

 今年は元旦から北陸地方の地震と津波の被害に襲われたニュースを見てしばし言葉を失ってしまいました。被災した人たちの避難生活や住居を失った人たちのこれから先のことを考えると居た堪らない気持ちになります。地震が起きるまでは皆さん穏やかな元日の朝を迎え家族の安全と幸せを祈りながら今年も良い年になりますようにと明るい希望を持ってスタートしたと思います。それが夕方になって一瞬にして打ち砕かれてしまったのです。誰一人予想もしなかった自然の脅威に怒りのやり場もなく、只、手をこまぬいてテレビの画面を見ているだけの苛立ちの中で一刻も早い復旧を祈るしかありません。石川県には加賀子どもミュージカルがありますが、幸いに劇団員の家庭では被害はなく安全が確認されたので多少安堵しましたが、今後の公演活動に向けて支障をきたさないよう祈らずにはいられません。

 今回の災害のようにいつどんな形で突然私たちに降りかかってくるかわかりません。今安泰でも次の瞬間どうなるのか誰にも予測はつきません。災害だけでなく航空事故や交通事故あるいは戦争に巻き込まれる危険もあり、突如健康を害して寝込んでしまうとか私たちの周りを見渡せばこれで絶対安全だという保証はどこにもありません。だからこそ今与えられている現在という時間を精一杯生かさないと勿体無いのです。人は誰でも必ず年老いてやがてこの世から去っていきます。若者は若い時にしかできないこと、今しかできないことをしっかりやるべきです。

年齢を重ねてくると肉体が思いのほか不自由になり若い頃のような勢いはなくなり、どんな艱難に遭遇しても果敢に走っていく姿は懐かしさの中でしか存在しなくなります。しかし過去に培った経験や能力は若者にはない叡智によって優れた人格の形成を生み出していくのも事実です。いずれにしても長いようで短い人生、自戒も含めて若い時にやっておけばよかったと思うことのなんと多いことでしょう。




2023年12月25日月曜日

令和5年 12月号

 創立30周年記念公演も無事終えることができました。80人の子どもたちに囲まれて幸せな環境での公演でしたが、一方では自らのプレッシャーに押しつぶされそうになりながらの厳しい公演でもありました。

今年に入って二つの舞台に出ると決意した瞬間からこれまでにないプレッシャーに襲われ、コロナの後遺症が一年余経過しても元の体調に戻れない中での無謀な決断だったからです。それに加え体調不良によってもし途中で出演できない状況になれば公演中止にもなりかねないシングルキャストの重圧がのしかかり、取越し苦労的な妄想と闘いながらの日々が続いていったのです。

就寝時になると咳き込むのが当たり前のような日常には慣れてはきたものの舞台の最中に咳き込んだらどうしようという恐怖心は本番までずっと付き纏っていたのです。しかし老骨に鞭打つとは正にこのような状態であり、最終的には開き直るしかありませんでした。

楽屋で準備しているときに咳は出ても舞台に上がってセリフを言っている時には不思議と咳のことは忘れ、逆に相手のセリフを聞いている時や間がある時に限って身体の中から出るぞ、出るぞという信号が送られてくるのです。それを押し留めるために腹筋に力を入れて耐えていなければなりませんでした。

  このような状況の中でも何とか公演を全うできたのは自分の力ではない不思議な力によってもたらされたもののような気がしてなりません。それにしても周りの出演者は一部の高校生を除いてほとんどが小学生と中学生でその子ども達のバワーには圧倒され続けていました。

子ども達がミュージカルの舞台に立ってのびのびと活躍できる環境を「大きな夢」は30年かけて作り上げてきました。私にとっても劇団にとっても大きな節目となった今回の公演はお陰様で大過なく無事に幕を閉じることができました。感謝しかありません。この機に老兵は去りながら後に続く若者達の活躍を見守り続けていければと思っています。





令和5年 11月号

9月のアカデミー公演「ハムレットレポート」に出演しましたが、私の役者人生初体験の大きな失態、セリフが突如出てこなくなるという哀れな状況に見舞われてしまいました。

セリフというのは一旦頭の中に入ってしまえば稽古を重ねている内に自然に身体から出てくるようになり、例えば他のことを考えながらでもセリフのリズムに乗ってさえいれば淀みなく言葉が出てくるものです。しかし私の場合瞬間頭の中が真っ白になり、次のセリフが出てこない状況が稽古中に何度かありました。そのような時プロンプター(陰でフォローする人)がいて次の頭のセリフの一言でも言ってくれれば思い出せるものを、本番では舞台セットやワイヤレスマイクの問題もあってプロンプターは必要ないと自身で決めつけ、その代わり毎日しっかり身体に覚え込ませようと嘗てないほど反復練習に精を出しました。

老化現象と認めてクヨクヨするわけにもいかないので本番では開き直って舞台に立ちました。ところが稽古中では何の問題もなかった箇所で突然セリフが出てこなくなってしまったのです。みっともない最悪の状態でしたが、周りの若い出演者たちに助けられ何とか終えることができました。

人にはそれぞれ与えられた寿命があって長生きする人もいれば早逝する人もいます。役者としての寿命も人それぞれで私は今の81歳が限度だと言い聞かせています。これまで役者は健康であれば幾つになってもできるものだと考えていましたが、とんでもない、持っている部品がどんどんダメになっていく現実、補聴器をつけて舞台に立っても自分の喋っている音量がどの程度かも曖昧で、こんな情けない状態でやるべきではないと自戒しています。自然が与えてくれた流れの中でもう役者は卒業しろと天から聞こえてきたような気がします。

「緑の村の物語」のセリフで「自分で弾けなくても教えることはできるんだ」と悟るシーンがありますが、そうなのです。私の残りの人生を捧げます。




令和5年 10月号

 最近のミュージカルの舞台は観客事情が大きく変わってきたように思います。

これまでもソロで歌い終わった役者には当然のように客席から拍手が起こっていましたが、最近では劇中でリズムに乗れるような歌のナンバーが出てくると、それに合わせて観客が手拍子するまでになってきました。更にカーテンコールになると拍手が会場一杯に鳴り響き、出演者が舞台上でバウ(おじぎ)するのが4度目くらいになると一斉に立ち上がってスタンディングオーベーションに変わります。

確かにブラボー !!と拍手を送りたい時もありますが、逆にそれほどでもないような舞台でもお決まりのように観客総立ちで拍手を送るようになってきました。私のような偏屈者は意地でも立ちたくないと思った時は座ったままで前に立っている人のお尻をじっと眺めていることにもなります。恐らく私と同じように立ちたくない人もいるでしょうが、よほどの信念と勇気がない限り雰囲気に負けてしまうでしょう。なんとかならないものかと思っても観る人それぞれ感性や興奮度が違うので一概にどうすることもできずただ我慢するだけです。

そんな私だっていつかロンドンで「マンマミーア」を観た時はカーテンコールで異常なほど興奮し縄跳びのようにジャンプを繰り返し拍手を送ったこともありました。とにかく出演者にとっては観客の拍手は演じた舞台が認められた証のように捉え、何よりの励みとなって益々舞台の魅力に取り憑かれていきます。

我が劇団の公演でもそのような傾向が今年になって特に目立つようになってきました。それでもまだ拍手をしていいものか戸惑っているお客様もいるようですが、そのうち子どもミュージカルでもスタンディングオーベーションが当たり前になってくるのかもしれません。

それにしても上演中の携帯の呼び出し音や幼児の泣き声など、お客様の事情がどうあろうと最低のマナーだけは守ってほしいと-----いやいやそれでもお客様は神様でございます。




令和5年 9月号

 婦人之友社の雑誌「明日の友」の編集部から、「緑の村の物語」に主演する私を取材したいとの依頼があり、80名の出演の子どもたちに囲まれての熱気あふれる稽古場で取材を受けました。

この「明日の友」は創刊50周年という歴史ある高齢者向けの季刊誌で、健康問題や日々の生活のあり方など私の年齢になると成る程ごもっともといちいち頷けるようなとても興味を惹かれる内容の雑誌で、私が取材を受けたのは秋号として10月に発売予定だそうです。その編集をしている方が2人のKM劇団員のお母さんで父母会長もなさっていたというご縁から今回のお話をいただきました。

事前に取材の内容や質問事項など提示されましたが、劇団の歴史や私が辿ってきた半生は3年前出版した書籍に詳細に書き綴っていましたので、それに倣ってお話しすればいいと思っていました。ところがいざ対面で質問されたりすると老化の影響もあるのか以前の考え方とは多少違った視点で物を言っていることに気がつきました。いや、老化とは思いたくないのですが劇団に対する考え方や捉え方が微妙なところで変わってきたように思います。

これまでよりも俯瞰的な立場で劇団を見ているような変化でしょうか、30年の歴史を振り返りながら改めて考え直すきっかけを与えられたような気がしたのです。覚醒的タイミングと言えばオーバーな表現かもしれませんが、新たな展開の可能性を示唆する程度のものであっても私にチャレンジする気を起こさせてくれたことは事実です。

又最後の質問で私の大きな夢は何かと問われて現世では実現しないような夢を語りましたが、恐らく後進のスタッフは引き継いではくれないだろうと無責任な発言をしてしまいました。その途端、取材に立ち会っていた幹部の霜島愛生が「そんなことありません。私たちはみんな先生の夢を引き継ごうと思っています!!」と力強く言ってくれたのです。

あゝ私はまだ彼らを信じていなかったのか、恥ずかしさの一方で後を継いでくれるスタッフの心強い想いを知って嬉しさが込み上げてきました。




2023年9月4日月曜日

令和5年 8月号

 劇団はミュージカル活動を積極的に展開しながら、児童劇団員の情操面での育成を掲げての活動でもあります。では情操とは何か、広辞苑によりますと「感情のうち、道徳的・芸術的・宗教的など文化的・社会的価値を具えた複雑で高次なもの」とあります。そして情操教育となると「創造的・批判的な心情、積極的・自主的な態度、豊かな感受性と自己表現の能力を育てることを目的とする教育」とあります。

このような難しい定義を改めて考えると、私たち劇団活動が安易に情操教育なんておこがましいことを言ってはいけない気にもなります。特に発育段階にある子ども達は生まれた環境の中で、それぞれが個別の情操面を育みながら成長していきます。その環境の中心にいるのはもちろん親ですから、親の育て方によって子どもの情操面も大きく変わってきます。

 劇団ではそれぞれ違った環境で育った子ども達が集まってきて、更に「ミュージカルの創作」というそれまでとは全く異なった環境で活動することになります。芸術的才能を持った子もいればそうでない子もいます。スポーツ向きの子もいれば、異次元の世界に舞い込んできたかのように、萎縮して最初はなかなか馴染めない子もいます。しかしみんなで一緒になって作品を作り上げるさまざまの体験を通して、それぞれが個性的な情操面の育成に自然と繋がっていくのです。ですから劇団で掲げる情操教育も、結果として少しは役に立っているのかもしれません。

 最近の若者の犯罪や自殺が増えていますが、劇団のように一つの目標に向かってみんなで作り上げていく活動をしている子ども達には縁のないことのように思われます。楽しくて夢中になれるミュージカルの舞台に立った子ども達が、間違った方向に進む訳はないと思いたいのです。「学校には行きたくないが、劇団は休みたくない」という声をよく聞きます。親御さんにとっては複雑でしょうが、劇団を楽しく続けているお子さんをどうぞ信じてあげてください。